④「四種曼茶」について
「曼荼羅」は一般的には、悟りの世界観や仏の教えを体系化し図示したものとされています。空海はここで、悟りの現れや宇宙の総体、その様相としての「曼荼羅」を四種の視座から捉え、「即身」の「相」についての教えを説きます。
❶曼荼羅(だいまんだら):秘密身「形」
一つひとつの仏や菩薩の「相好の身」(美しく立派な姿。また、それらが備えている身体的特徴)。それらが色鮮やかな絵画として描かれたもの。
「五相(五相成身観)」という瞑想により修行者自身が本尊と合一(瑜伽)した状態。さらには尊仏だけでなく人間や動植物など、形ある存在すべてが本来的には曼荼羅的な表象とされます。
※「五相成身観」とは
⑴通達本心(つうだつほんしん): 自らの心(菩提心)が本来、清浄な仏の性質(仏性)を持っていることを自覚する。
⑵修菩提心(しゅうぼだいしん): 月輪(月のように丸い心)を観じ、その心を清らかに磨く修行。
⑶成金剛心(じょうこんごうしん): 磨かれた月輪の中に三昧耶形(五鈷杵など)を観じ、仏の知恵(金剛)を強固なものにする。
⑷証金剛身(しょうこんごうしん): 三昧耶形がそのまま自分自身(仏の身体)であることを観じ、仏と一体となる(入我我入)。
⑸仏身円満(ぶっしんえんまん): 自己と如来が完全に一つとなり、無限の知恵と功徳が完成した状態。
別名「大智印」(宇宙の絶対的な智慧(大智)を象徴する「印」)
❷三昧耶曼荼羅(さまやまんだら):秘密身「印」
仏の「幖幟(持ち物:刀剣・輪宝・蓮華・金剛)」や、「金剛縛」すなわち両手を組み合わせ指で結ばれる「印(印相・手印)」など。「大曼荼羅」のように仏の「姿」そのものを描くのではなく、その「意志」や「本懐(本来の願い)」を象徴する「幖幟」によって表したもの。
刀剣:人々の迷いや煩悩を断ち切る智慧の象徴(文殊菩薩など)。
輪宝:煩悩や邪説を打破し、仏法が広まることの象徴。または守護の結界の象徴。
蓮華:泥の中から清らかな花を咲かせる、清浄な心の象徴(観音菩薩など)。
金剛杵:何ものにも壊されない、菩提心の強さの象徴。
別名「三昧耶智印(さまやちいん)」(この幖幟を使って人々を救うという約束を形にしたもの、その智慧の「印」)
❸法曼荼羅(ほうまんだら):秘密身「字」
仏を表す梵字(種子)や、経典の経文、あるいは宇宙法則としての文字・音によって表される曼荼羅。
「本尊の種子(しゅじ)真言」:仏の姿の代わりとして、象徴として描かれる一文字の梵字。
「法身(ほっしん)の三摩地」:宇宙の真理そのものといえる深い瞑想(三摩地)の境地。
「一切契経(いっさいかいきょう)の文義」:あらゆるお経(契経)に書かれた文字や、その意味内容。
これらの文字の一つひとつ、経典の一文一文が法曼荼羅の表現とされる。
別名「法智印(ほうちいん)」(目に見える形はいつか滅びますが、文字や言葉に込められた不変の「法(真理)」の智慧の「印」)
❹羯磨曼荼羅(かつままんだら):「威儀事業」
「威儀」とは立居振る舞い、「事業」とはなすべき仕事。上記、三種の曼荼羅、三種の秘密身「字・印・形」を生み出す活動そのもの。
鋳(い)る:金属で仏像を鋳造すること。
捏(ねつ)す:粘土などで仏像をこねて作ること。
また実際に物質として存在し、三次元の空間に働きかける立体的な仏像(彫刻)、立体曼荼羅などを指す。
別名「羯磨智印(かつまちいん)」(理論や静止画にとどまらず、現実の世界を変えていく「実践的なエネルギー」として現れた仏の智慧としての「印」)
❺「四種曼茶各離れず」とは
「その数無量なり。一一の量、虚空に同じ」:
四種曼荼羅と四種智印は、単に特定の仏画や仏像の中だけに現れるものではなく、宇宙のあらゆる場所に無数に満ち溢れています。その広がりは、あらゆる存在を受け入れる空間である「虚空」(無限の空間)と同じであるとされています。
「彼れは此れを離れず、此れは彼れを離れず」:
また四種曼荼羅と四種智印は、それぞれが互いに原因となり結果となって、決して切り離すことができません。
「猶し空光の無礙(むげ)にして逆えざるが如し」:
「空間(空)」と、そこを照らす「光」のように。光が空間の中に存在し、空間が光によってその姿を照らし出されるように。両者は互いを邪魔することなく(無礙)、溶け合っています。
「不離は、即ち是れ即の義なり」:
「離れない」ということは、たんに隣合い密接しているという意味ではなく、「=(イコール)」で結ばれた同じものの異なる視座による表現あるということです。
姿(大)があることは、そのまま象徴(三昧耶)としてあることであり、またそれがそのまま真理(法)でもあり、活動(羯磨)でもある。すなわち空海はこの一節において「この世界すべてが、大日如来(宇宙の真理)の現れである」と説いています。
自然の中にある目の前の風景(大)、自然の摂理(三昧耶)、風の音(法)、季節の移り変わり(羯磨)などのすべてが、互いに溶け合いながら宇宙という巨大な曼荼羅は形作られています。そして、この宇宙、その曼荼羅の中にいる私たち自身もまた「四種曼茶」を持つ者として「即身」での成仏が可能であるとされるのです。

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