②即身成仏の偈頌(げじゅ)
「偈頌」は、詩文を意味します。「即身成仏義」の核心としてここに引用します。
⑴六大無礙にして常に瑜伽なり 体
⑵四種曼茶各離れず 相
⑶三密加持して速疾に顕わる 用
⑷重重帝網なるを即身と名づく 無礙
⑸法然に薩般若を具足して
⑹心数・心王、刹塵に過ぎたり
⑺各五智・無際智を具す
⑻円鏡力の故に実覚智なり 成仏
前半の偈頌四句が「即身」の、後半の偈頌四句が「成仏」のそれぞれの功徳を讃え、「即身成仏」という一語において仏教のあらゆる教えが集約されると説かれています。この偈頌に続く構成についての教説を合わせ、ここでひとまず概観します。
⑴六大無礙にして常に瑜伽なり(宇宙の体:本質)
宇宙を構成する六つの要素(地・水・火・風・空・識)は、互いに妨げ合うことなく溶け合い、常に相応・調和(瑜伽:ユガ)して一体となっている。これが万物の「本体(本質)」である。
⑵四種曼荼各離れず(宇宙の相:姿)
仏の悟りの現れである四種類の曼荼羅(大・三・法・羯)は、それぞれが切り離されることなく密接に関わっている。これが世界の「相(すがた)」である。
⑶三密加持して速疾に顕わる(宇宙の用:はたらき)
仏の三密(身・語・心)と、私たちの三密(印を結ぶ、真言を唱える、心を本尊に集中させる)が互いに反応し合う「加持」によって、悟りの境地は速やかに現れる。これが即身成仏を可能にする「用(はたらき)」である。
⑷重重帝網なるを即身と名づく(無礙:自由自在)
これら「六大・四曼・三密」のすべては、インドラ神の網(帝網)の目を飾る宝珠のように、互いに映し合い、それぞれの個性を保ちながら重なり合っている状態にある。この重層的な存在のあり方を「即身(そくしん)」と呼ぶ。
⑸法然に薩般若を具足して
宇宙の真理(法然)として、その内に一切を知る智慧(薩般若:さっぱんにゃ)が本来的に備わっている。真理そのもの(法身仏)としての宇宙のあり方。
⑹心数・心王、刹塵に過ぎたり
心の作用(感情や認識)や心の主(根本的な意識)は、大地を砕いた塵(微塵)の数よりも多様で限りなく存在する。「煩悩(心の穢れ)」までもを包み込む悟りの世界がいかに広大であるかを表す。
⑺各五智・無際智を具す
それぞれが「五つの智慧(五智)」を備えながら、また際限なく境界のない智慧(無際智)として溶け合っている。ありとあらゆる智慧を備えているという状態。
⑻円鏡力の故に実覚智なり(成仏:真実の悟り)
「大円鏡智(だいえんきょうち)」すなわち全ての真実を曇りなくありのままに映し出す、大きな円い鏡のような智慧の力によって、またその智慧を根拠(所由)として宇宙の真理は抽象的な理論ではなく、真実の悟りとして実際に機能する智慧へと変容する。これが「成仏」というものである。
〈補足として〉
「五智」と金剛界曼荼羅の五智如来
⑴法界体性智(ほっかいたいしょうち): 大日如来(曼荼羅位置:中央)。万物の根源を悟り、法界(宇宙)の真理を本質とする智慧。
⑵大円鏡智(だいえんきょうち): 阿閦如来(曼荼羅位置:東方)。鏡が全てをありのままに映し出すように、真実を映し出す智慧。
⑶平等性智(びょうどうしょうち): 宝生如来(曼荼羅位置:南方)。自他の区別なくすべてを平等に認識する智慧。
⑷妙観察智(みょうかんざつち): 無量寿如来、別名、阿弥陀如来(曼荼羅位置:西方)。すべての物事の特性を正しく観察し、見極める智慧。
⑸成所作智(じょうしょさち): 不空成就如来(曼荼羅位置:北方)。人々を救うために必要なあらゆる行為を成し遂げる智慧。
「三種即身(さんしゅそくしん)」
理具即身(りぐ即身): 第1句に対応。本来的に六大としての仏性(仏の素質)をこの身に備えている。
加持即身(かじ即身): 第3句に対応。三密の修行によってこの身が仏と重なり合う。
顕得即身(けんとく即身): 第8句に対応。この身において悟りが完全に顕現する。

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