【ノート】
第1部 神について
《定義:実体、属性、様態の定義と、唯一の実体としての神の証明》
定義1、自己原因:他の何ものにも頼ることなくそれ自体(を原因)として存在しているもの。存在自体に存在原因が含まれているもの。存在すること自体がその本質であり、存在しないことが不可能であるもの。
定義2、有限なもの:同じ性質(属性)の他のものとの対照・区別によって範囲を区切られ、その存在を示すことができるようになるもの。物体は、より大きな物体(器官は身体に、木は森に、星は宇宙に、など)にその境界を画定されることによって。同様に思想もまた、より大なる思想によってその存在を有限なものとして示される。
しかしある性質(属性)のものが、異なる性質(属性)のものによって範囲を制限されることはない。すなわち物体(延長の属性にあるもの)が思想(思惟の属性にあるもの)によって(あるいはその逆によって)限定されたり、範囲を制限されることはない。
定義3、実体:それ自身がそれ自身の中にあり、それ自身によって考えられる(理解され、概念化される)もの。他のいかなる概念も借りることなく、それ自身によってそれ自身の概念を形成し得るもの。何ものにも依存しない究極の土台(あらゆる存在の根底であり、それ自身のみで独立する存在)としてあるもの。
定義4、属性:知性を持つもの(我々が知り得る限りでは人間)が知り得る、実体の本質の表れ。人間が知り得るものとしての属性(レンズ、媒介)の場合は、思惟の属性(心:その知性が考えること、感じること)と延長の属性(身体:視聴覚、触覚、などによって物理的に認識できるもの)。
定義5、様態:それ自体によって存立することはなく、それ以外のもの(ここで言う実体)によって存在が成り立つもの。それ自体では存在し得ない実体の一時的な様相、すなわち実体の変状(アレンジメント)。人間を含む森羅万象(海、山、人間、思想、観念、言葉など)。
定義6、神:すべて。即自然。絶対無限の存在。あらゆるものの存在そのもの。永遠の(時間の概念に縛られることがない)、無限の(あらゆる属性の本質を合わせ持ち、その外側には何物も存在しえない唯一無二の全体性としての)存在。また、その本質を人間の知り得ない無数の「属性」によって表現する実体。
定義7、自由:他の何ものにもその存在や概念を規制されることがなく、それ自体によってその行動が決まるもの、その行動が自由である。それに対して、他の何かによって存在し、作用されるものは、受動的にそうなったもの、外部から必然的に規定されたもの、である。自由とは、人間が想像する(勝手気ままに操作できる)「自由意志」ではなく、万物が神あるいは唯一の実体として、また「唯一の自由な原因」として、強制されるのではなく必然的にあると認めること。
定義8、永遠:時の流れとは関わりなく、その実体、その存在そのものとしてあり、存在そのものも永遠の必然として存在するもの。
《公理》
公理1、すべての存在はそれ自身の中にある(実体)か、それ以外の中にある(実体の中にある様態)か、のどちらかである。
公理2、他のものによって考えられないもの(何かに頼ることもなく存在するもの)は、それ自身によって考えられねばならない。すなわち実体の有り様。
公理3、因果論。決定的な原因があれば必ず結果が生じる。決定的な原因が無ければ、結果が生じることはありえない。
公理4、結果によって知り得るものは、原因によって知り得るものを頼りとして、その原因によって知り得るものを含む。結果を認識することの中にはすでに原因を認識することが含まれており、結果を正しく知ることは、その原因を知ることでもある。
公理5、あるものと別のあるものに共通点が無ければ、その二つのものが理解し合うことはない。概念としても関わりがないため、あるものを理解するために、別のものの概念を借りることは出来ない。
公理6、真理:真なる観念(正しく認識すること)はその観念の対象と一致する。
公理7、本質:存在しないと考えられるもの(空想上の動物やアニメの世界観など、)は、「存在」を含まず、存在について考える必要もない。本質の中に「存在」を含まないものは存在しないものと考え得る。
逆に言えば、本質の中に「存在」を含むものは、存在しないと考えることは出来ない。すなわち、神が存在することを否定しようとしても、その否定という思考自体が神の属性(思惟)の一部として「存在」するというパラドックスが生じる。

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