シボレートと言ったのは誰か?(1)

「では、『シボレート』と言ってみろ」と命じた。彼が「スィボレート」と言い、正しく発音できないと、彼を捕らえて、ヨルダンの渡し場で殺した。このとき、エフライムの者四万二千人が倒れた。 ——旧約聖書『士師記』12章6節


「シボレート(ヘブライ語:שִׁבֹּלֶת/ラテン語:Scibboleth)」は元来ヘブライ語で「穂(麦の穂)」あるいは「流れ(川の流れ)」を意味する言葉でしたが、旧約聖書『士師記』の物語以降、生死を分ける「合言葉」を意味する言葉となりました。
紀元前11世紀、古代イスラエルの民は未だ王を持たず、12の部族が緩やかに連合した時代。部族は幾人かの士師(指導者)に従い暮らしていました。『士師記』においてギレアド人を率いた士師エフタは、同じイスラエル民族であるエフライム人との戦いに勝利した後、ヨルダン川の渡し場に検問所を置き、敗走するエフライム人を捕まえるため、こう命じたのです。
「『シボレート』と言ってみろ」
エフライム人のなまりでは、冒頭の「シ(Sci)」をうまく発音することができず、「スィ(Si)」になってしまうことを彼らは知っていました。検問官に問い詰められたエフライム人が「スィボレート(ヘブライ語:שִׂבֹּלֶת/ラテン語:Sibboleth)」と口にした瞬間、その微かな「音の違い」だけで彼は敗走する敵とみなされました。そして、この一つの言葉、ただ一つの点によって四万二千人にも及ぶ人々が虐殺されたのです。


シボレート――ヨルダン川の流れ。水の恵みを受けて育つ穀物。
かつて緩やかに人々を繋いだその言葉は、ギレアド人が強いた「正しい発音」という厳格なルールによって、自分たちとは異なる社会集団に属する特定の誰かを選別し排除するための「刃」へと変貌しました。命の恵みであるはずのヨルダン川は部族を分断する境界線となり、言葉は自分たちの仲間と、それ以外の「異分子」を冷酷に分けるための無慈悲な装置となったのです。
なまりや発音の癖は、その人がどこで育ち、どんな人生を歩んできたかという、意識では隠しきれない、ある共同体の中で刻まれた無意識な自己が持つ「身体の記憶」です。ジャック・デリダは、これを共同体に属するための固有の「署名」であり、同時に他者を拒絶する「門番(パスワード)」であると捉えました。厳格な言葉のルールに従えるか否か。どれほど自分の意志が抗ったとしても、その身体的な刻印によって、さらには他者によって作られた言葉のルールによって生きるか死ぬかを決められる――。

シボレート――暴力的な装置として機能する言語。生死を分ける合言葉。
誰もが容易に判別できる肌の色や髪の色、そして瞳の色の違いよりも一層、この言葉(ただ一つの点)を有するか否かは、言語が持つ根源的な選別排除の機能を表しています。その機能は遠い聖書の物語だけでなく、時や場所を選ばず幾度も繰り返し作動してきました。13世紀、フランスの支配下にあったシチリア民衆がその圧制に耐えかねておこした「シチリアの晩祷(Vespri siciliani)」では、蜂起した民衆は隠れたフランス人をあぶり出すために「チチェーリ:Ciceri(ひよこ豆)」と言わせました。フランス語にはない「C(チ)」の発音が出来ないことを知っていたからです。捕らえられたフランス人が「シセーリ」と漏らした瞬間に剣は振り下ろされ、この夜だけで、修道士から赤ん坊に至るまで2,000人以上ものフランス人が殺害されたと伝えられています。
1994年4月、わずか100日間に当時の人口の約1割にあたる80万人以上が殺害されたと言われるルワンダ虐殺においても、特定の語彙やアクセントが、特定の民族を「ゴキブリ」と呼び変え、排除するための合言葉として機能しました。元々フツ族とツチ族は、同じ言語(ルワンダ語)を話し、同じ宗教を信じ、通婚も行われてきた「社会階層」の近い隣人でしたが、ベルギーによる植民地統治政策の中で分断され、やがてこの悲劇へと向かったのです。
この日本においても、この刃は歴史上幾度も振るわれました。平安末期の源平合戦では、ふとした瞬間に漏れる「東国なまり」が間者の正体を暴く死の宣告となりました。そして近代日本における最も凄惨な例は、一九二三年の関東大震災です。混乱の中で「十五円五十銭」や「ガギグゲゴ」という言葉がシボレートとして機能し、その音を「正しく」発音できない朝鮮人や地方出身者が、自警団によって異分子と見なされ命を奪われました。さらに戦時下では、軍事機密を守るという名目のもと、標準語を話せない者や、日本人なら知っているはずの「童謡」を歌えない者がスパイとして疑われ、排除の対象となりました。

どれほど命乞いをしたとしても、声の出し方一つで生きる権利を奪われてしまう。言葉が持つルールの厳格さが、そのまま断罪の基準となってしまう。これらの悲劇は、言葉が持つ最も暴力的な側面、すなわち「意味」を剥ぎ取られた「音」が、人を仕分ける非情な機械へと堕す瞬間を象徴しています。


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